TLPT(脅威ベースのペネトレーションテスト)とは?
TLPT(Threat-Led Penetration Testing)は「脅威ベースのペネトレーションテスト」と訳され、従来のペネトレーションテストの限界を克服し、より実践的かつ効果的なセキュリティ評価手法として注目を集めています。
従来のペネトレーションテストが「鍵をかけ忘れた窓はないか」確認するとした場合、
TLPTは「泥棒がどのように侵入してくるか」再現して確認するものです。
本稿では、TLPTの概念、実施方法、従来手法との違い、そして組織のセキュリティ強化における重要性についてご説明します。
目次
TLPTとは
概要と目的
TLPT(Threat-Led Penetration Testing)とは、実際の脅威に基づいた侵入テストのアプローチで、組織のサイバーレジリエンスを評価・強化する先進的なセキュリティテスト手法です。従来の侵入テストでは、一般的な攻撃手法やツールを使って組織のセキュリティを評価するのが一般的でしたが、TLPTはそれとは異なり、レッドチームとブルーチームの間で実戦的な攻防戦を行います。
レッドチームは、実際の攻撃者の戦術を模倣し、組織のシステムに対して模擬攻撃を仕掛ける攻撃者側の役割を担います。一方、ブルーチームは組織の内部セキュリティチームで、通常の防御業務を行いながら、レッドチームの攻撃を検知し、対応する防御者側の役割を果たします。
TLPTの目的は、この攻防を通じて組織の防御能力、検知力、対応力を現実的なシナリオで検証し、評価することです。つまり、単に既知の脆弱性を探すのではなく、実際の攻撃者が使用する可能性のある手法や戦術を模擬するのがTLPTの特徴です。
従来のペネトレーションテストとの違い
従来の侵入テストでは、テスターが任意のツールや手法を使って、システムの脆弱性を探索します。一方、TLPTでは、まず対象組織や業界に関連する脅威を特定し、攻撃者の視点に立ってモデリングを行います。そして、そのモデルに基づいて、実在の攻撃シナリオをシミュレートするのがTLPTの手順になります。
TLPTは、単なる脆弱性検査を超えて、包括的なセキュリティリスク評価を可能にします。組織は、実際の攻撃者と同じ戦術を使われた場合の影響を確認できるため、セキュリティ対策の妥当性を検証できます。また、攻撃者の観点に立つことで、新しい脅威や攻撃手法への対応力も評価できます。
(Threat-Led Penetration Testing ) | ||
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目的 | 実際の攻撃者の行動を模倣し、組織の防御能力を評価 | 既知の脆弱性や設定ミスを特定し、修正する |
範囲 | 人やプロセスも含む組織全体のセキュリティ態勢を包括的に評価 | システムやネットワークに焦点を当てる |
アプローチ | 攻撃者の視点から、複数の攻撃ベクトルを使用 | 事前に定義された手法やツールを使用 |
シナリオ | ソーシャルエンジニアリングや高度な持続的脅威(APT)など、複雑な攻撃シナリオを想定 | 一般的な攻撃パターンや既知の脆弱性に基づくシナリオ |
実施期間 | 長期間(週や月単位) | 比較的短期間(数日から数週間) |
環境 | 実際の攻撃に近い状況を再現 | 理想的な条件下でのテスト |
コスト | 高額になりがち | TLPTと比較して低コスト |
対象 | 高度なセキュリティ成熟度を持つ組織に適している | あらゆる組織に適用可能 |
なぜTLPTに注目が集まっているのか
近年、サイバー攻撃の巧妙化と高度化が進む中、組織のセキュリティ対策を効果的に評価する手段としてTLPTの重要性が高まっています。
TLPTは、リアルな脅威シナリオに基づくテストを可能にするため、従来の侵入テストよりも実践的で、より現実に即した評価が行えます。組織は、TLPTを活用することで、本当に重要な脅威に対する防御力を把握し、限りある資源を最適化した対策に注力できるようになります。
TLPTの実施事例をもとに有効性をご説明します。
金融機関での実施例
ある大手銀行がTLPTを実施した結果、従来のペネトレーションテストでは発見されなかった重大な脆弱性が明らかになりました。レッドチームは、実際の攻撃者が使用する高度なソーシャルエンジニアリングを用いて、従業員の認証情報を取得し、内部ネットワークに侵入することに成功しました。この過程で、銀行の内部監視システムの盲点や、インシデント対応プロセスの遅れが明確になりました。
この実例では、TLPTが従来のテスト方法では発見できない脆弱性を特定し、組織の実際の防御能力をより正確に評価することができました。
医療機関での実施例
大規模な病院ネットワークがTLPTを実施し、患者データの保護能力を評価しました。レッドチームは、医療機器の脆弱性を悪用してネットワークに侵入し、患者の個人情報や医療記録にアクセスすることに成功。この過程で、医療機器のセキュリティ管理の不備や、データ暗号化の不十分さが明らかになりました。
この事例では、TLPTが特定の業界固有のリスク(この場合、医療機器のセキュリティ)を評価し、規制遵守の実効性を検証する上で有効であることを示しています。
製造業での実施例
ある産業機器メーカーがTLPTを実施し、サプライチェーンを通じた攻撃シナリオをシミュレーションしました。レッドチームは、サプライヤーの一つを模擬的に侵害し、そこから産業機器メーカーのネットワークに侵入。結果として機器設計データへのアクセスに成功しました。
この事例は、TLPTが複雑なサプライチェーンリスクや、組織の境界を越えた脅威を評価する能力を持つことを示しています。従来のテストでは見落とされがちな、より広範囲なリスクの特定に役立っています。
これらの実例は、TLPTが従来のセキュリティテスト手法を超えて、より現実的で包括的な脅威評価を提供できることを示しています。このことが組織固有のリスクや、進化する脅威環境に対する準備状況を評価する上で、TLPTの有効性が高く評価され、注目を集めている理由となっています。
TLPTの実施
TLPTの実施プロセスについて、簡単に説明します。
チーム編成
TLPTでは、役割に応じてチームを分けて実施します。
レッドチーム | 攻撃 | ・攻撃シナリオの設計 ・攻撃対象への探索と侵入 ・目的の実施(データ窃取や破壊等) | ・クラッキングスキル ・エシカルハッキングの経験 |
ブルーチーム | 防御 | ・通常業務の継続 ・攻撃の検知と対応 ・インシデント対応(分析、報告等) | ・監視スキル ・インシデント対応能力 |
ホワイトチーム | テストの管理・調整 | ・テストの全体管理 ・結果の報告と分析 | ・プロジェクト管理 ・リスク管理能力 |
TLPTの実施プロセス
TLPTの実施プロセスの一例をご説明します。
1. 準備段階
この段階では、テストの範囲と目標を明確に定義し、必要な法的承認を取得します。また、適切なスキルと経験を持つメンバーでテストチームを編成します。
2. 脅威インテリジェンス収集
組織に関連する可能性のある脅威を特定し、それらが使用する可能性のある戦術、技術、手順(TTP)を詳細に分析します。これにより、現実的な攻撃シナリオを構築するための基礎が形成されます。
3. シナリオ設計
収集した脅威インテリジェンスに基づいて、具体的な攻撃シナリオを作成します。このシナリオには、使用する攻撃ベクトルや達成すべき具体的な目標が含まれます。
4. 偵察
オープンソースインテリジェンス(OSINT)を活用して、組織に関する公開情報を収集します。また、許可された範囲内でネットワークスキャンと脆弱性評価を実施し、潜在的な侵入ポイントを特定します。
5. 初期侵入
選択した攻撃ベクトルを使用して、システムへの初期侵入を試みます。これには、フィッシングやソーシャルエンジニアリングなどの手法も含まれる場合があります。
6. 内部移動と権限昇格
初期侵入に成功した後、ネットワーク内のシステム等を経由しながら、より重要なシステムやデータへのアクセスを試みます。同時に、高権限アカウントの取得を目指して権限昇格を行います。
7. 目標達成
シナリオで設定された具体的な目標の達成を試みます。これには、機密データの抽出やクリティカルなシステムの破壊の模擬などが含まれる場合があります。
8. 痕跡の除去と持続性の確立
攻撃の痕跡を慎重に除去し、検出を回避します。また、バックドアの設置など、将来的なアクセスを確保するための手段を講じます。
9. 報告書作成
テスト中に発見された脆弱性と、それらに対する具体的な対策を詳細に文書化します。また、組織の全体的な防御能力を評価し、改善のための推奨事項を提示します。
10. デブリーフィングと改善計画
テスト結果を関係者に報告し、発見事項について詳細に議論します。これに基づいて、組織のセキュリティを強化するための具体的な行動計画を策定します。
各段階において、ホワイトチームが全体を管理・監督し、レッドチームとブルーチームの活動を調整します。このプロセスにより、組織は実際の攻撃者の視点から自身のセキュリティ態勢を評価し、現実的な脅威に対する準備状況を向上させることができます。
TLPTの課題
TLPTがもつ4つの課題
TLPTは良い面だけではなく、課題もあります。
高度な専門性と人材確保の難しさ
TLPTでは、実際の攻撃者の戦術、技術、手順を忠実に再現できる高度なスキルを持つ専門家が必要です。こうした人材は稀少で、確保や育成が困難です。また、脅威景観が常に進化するため、専門家は継続的に学習し、スキルを更新する必要があります。適切な人材がいないと、テストの品質と有効性が大幅に低下し、組織の実際の防御能力を正確に評価できなくなるリスクがあります。
コストと長期的な実施時間
TLPTは従来のペネトレーションテストに比べて大幅にコストが高く、実施期間も長期にわたります。準備段階での脅威インテリジェンス収集や攻撃シナリオの設計、実行段階での長期的な攻撃シミュレーション、事後分析での詳細な報告書作成など、各フェーズに多大な時間とリソースを要します。この高コストと長期間の投資は、特に中小企業にとっては大きな障壁となり、導入を躊躇させる要因になります。
リスク管理と法的・倫理的懸念
TLPTでは実際のシステムに対して攻撃を行うため、運用中のシステムにダウンタイムやデータ損失をもたらすリスクがあります。また、従業員や顧客の個人情報にアクセスする可能性があるため、個人情報保護法や規制に抵触する恐れがあります。さらに、テストと実際の攻撃の区別が難しい場合があり、組織内に混乱を引き起こす可能性もあります。これらのリスクを適切に管理し、法的・倫理的問題を回避するための慎重な計画と監視が必要です。
結果の解釈と効果的な対策立案の難しさ
TLPTの結果は複雑で多岐にわたるため、適切に解釈し、効果的な対策に結びつけることが困難です。テストで明らかになった脆弱性や防御の欠陥を、組織のリスク許容度や既存のセキュリティ投資と照らし合わせて評価する必要があります。また、優先順位を付けて実行可能な改善策を立案することも重要です。誤った解釈や不適切な対応は、セキュリティリソースの無駄遣いや、重要な脆弱性の見落としにつながる可能性があります。
TLPTの実施が求められる組織
TLPTは高いセキュリティ成熟度を持つ組織に特に有効です。具体的には、大規模または複雑なIT環境を持ち、高価値の情報資産を保有する組織が対象となります。金融、医療、防衛など、規制要件の厳しい業界や、APT(高度な持続的脅威)のターゲットになりやすい組織にも適しています。
金融庁:諸外国の「脅威ベースのペネトレーションテスト(TLPT)」に関する報告書の公表について
グローバルに事業展開し、セキュリティ投資に積極的な企業、インシデント対応能力の向上を目指す組織も、TLPTから大きな恩恵を受けられます。また、リスクベースのセキュリティアプローチを採用し、脅威インテリジェンスを活用している組織や、DXを推進し、新技術導入に伴う新たなセキュリティリスクを評価したい組織にも効果的です。
ただし、TLPTは高度で費用のかかる手法であるため、導入を検討する際には、自組織のセキュリティニーズとリソースを慎重に評価する必要があります。
まとめ
TLPTは、実際の攻撃者の手法を模倣し、組織のセキュリティ態勢を評価する先進的なアプローチです。従来のペネトレーションテストよりも現実的なシナリオを用い、組織の防御能力を包括的に検証します。TLPTは、脆弱性の特定だけでなく、検知・対応能力の評価も行い、セキュリティチームのスキル向上にも貢献します。
しかし、TLPTは高度な専門知識と時間を要するため、コストが高くなる傾向があります。また、実施にはリスクを伴うため、十分な計画と管理が不可欠です。組織は自社のニーズとリソースを考慮し、TLPTの採用を検討する必要があります。TLPTは適切に実施されれば、サイバーセキュリティ態勢の大幅な強化につながります。