介護現場で求められるサイバーセキュリティ対策
介護事業を取り巻く情報セキュリティの脅威は年々深刻化しています。医療・介護分野におけるサイバー攻撃や個人情報漏洩事件が相次いで報告される中、規模の大小を問わず、すべての事業者が対策を講じることが求められています。
しかし、介護事業者の多くは限られた予算と人員で運営されており、専門的なIT人材を配置する余裕がないのが実情です。さらに、業務効率化のためのICTやDXの導入により、新たなIT運用の負担も生じています。そうした制約の中でも効果的なセキュリティ対策を実現するため、本記事では専門知識がない方でも理解できる具体的な対策について解説します。
目次
介護事業における情報セキュリティの重要性
介護事業者が取り扱う情報は、利用者の生活に密接に関わる極めて機密性の高いものです。氏名や住所といった基本情報だけでなく、身体状況、病歴、家族構成、経済状況など、プライバシーの核心部分に触れる情報を日常的に管理しています。
これらの情報が外部に漏洩した場合、利用者とその家族に計り知れない被害をもたらします。事業者にとっても信用失墜による事業継続の困難、損害賠償責任、行政処分など、深刻な影響が生じる可能性があります。
近年の傾向として、中小規模の事業者を狙った攻撃が増加しています。セキュリティ対策が不十分な事業者ほど、攻撃者にとって格好の標的となっているのが現実です。
ICT・DX推進に伴う新たな課題
効率化の代償としてのIT運用負担
介護事業所では業務効率化を目的として、介護記録システム、請求ソフト、勤怠管理システム、見守りセンサーなど、様々なICTツールが導入されています。国もデジタル技術を活用した業務効率化を推進しており、DXへの取り組みは避けて通れない状況となっています。
しかし、これらのシステムを安全に運用するためには、定期的なソフトウェア更新、セキュリティパッチの適用、バックアップの管理、不具合時の対応など、専門的な知識を要するIT運用業務が発生します。システムの種類が増えるほど、管理すべき項目も複雑化し、人的負担が増大しています。
システム間の連携によるリスクの拡大
複数のシステムを連携させることで業務効率は向上しますが、一方でセキュリティリスクも拡大します。一つのシステムに侵入された場合、連携している他のシステムにも被害が及ぶ可能性があります。また、データの移行や同期処理において、適切な暗号化や認証が行われていない場合、情報漏洩のリスクが高まります。
介護事業所におけるIT人材確保の困難さ
人員基準による制約
介護事業所の運営には、介護保険法に基づく人員基準が定められています。例えば、特別養護老人ホームでは入所者3人に対して介護職員または看護職員1人以上、デイサービスでは利用者15人に対して生活相談員1人以上といった基準があります。これらの必置職員を確保することが最優先となり、IT専門職を追加で配置する余裕がないのが実情です。
限られた人件費での運営
介護報酬は公定価格で決められており、大幅な収益向上を図ることが困難です。人件費の大部分は必置職員の給与に充てられるため、IT専門人材を新たに雇用するための予算を確保することは容易ではありません。特に中小規模の事業所では、管理者や生活相談員が兼務でIT関連業務を担当することが一般的です。
専門人材の採用競争
IT業界全体で人材不足が深刻化する中、介護業界は他の業界と比較して給与水準が低く、IT専門人材の確保が困難な状況にあります。仮に採用できたとしても、より待遇の良い企業への転職リスクが高く、安定した人材確保が難しいのが現状です。
介護事業が直面する主なセキュリティリスク
サイバー攻撃による情報漏洩
ランサムウェアと呼ばれる身代金要求型のマルウェアによる被害が深刻化しています。システムが暗号化され業務が停止するだけでなく、復旧と引き換えに高額な身代金を要求されるケースが頻発しています。メールの添付ファイルや不審なリンクから感染することが多く、日常業務の中で知らず知らずのうちに被害を受ける危険性があります。
内部からの情報漏洩
訪問介護や訪問看護など、利用者の自宅を訪問するサービスが増えたことにより、職員は個人情報や医療情報を記載した書類、タブレットなどを日常的に施設外に持ち出す必要があります。また、デイサービスやショートステイなど複数サービス間での情報共有のため、書類やデータの移動も頻繁に発生します。
かつ、取り扱う情報は身体状況、病歴、家族構成など極めてセンシティブな内容のため、紛失時の影響は深刻です。
システムの脆弱性を突いた攻撃
介護ソフトやその他の業務システムに存在するセキュリティホールを悪用した攻撃も増加傾向にあります。ソフトウェアの更新を怠ったり、初期設定のパスワードを変更していない場合、簡単に侵入を許してしまう可能性があります。
法的要求事項と業界ガイドライン
介護事業者は、個人情報保護法をはじめとする法令の遵守が求められています。2022年4月に施行された改正個人情報保護法では、個人情報の取扱いに関する規制が強化され、違反時の罰則も厳格化されました。
厚生労働省からは「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」が公表されており、事業者が講じるべき安全管理措置について詳細に定められています。これらのガイドラインに沿った対策を実施することで、法的要求を満たしながら実効性のあるセキュリティ対策を構築できます。
基本的なセキュリティ対策の実装
アクセス権限の適切な管理
情報へのアクセスは「必要最小限の原則」に基づいて管理します。職員ごとに業務上必要な情報のみにアクセスできるよう権限を設定し、定期的に見直しを行います。管理者権限については特に厳格に管理し、複数名での承認制を導入することが望ましいです。
パスワード管理の強化
すべてのシステムで強固なパスワードを設定し、定期的な変更を実施します。英数字と記号を組み合わせた8文字以上のパスワードを使用し、同じパスワードを複数のシステムで使い回すことは避けます。パスワード管理ツールの導入により、職員の負担を軽減しながら安全性を向上させることが可能です。
ソフトウェアの更新管理
介護ソフト、OS、セキュリティソフトなど、すべてのソフトウェアを常に最新の状態に保ちます。自動更新機能を有効にし、セキュリティパッチが公開された際は速やかに適用します。更新スケジュールを策定し、計画的な保守作業を実施することで、業務への影響を最小限に抑えながらセキュリティを維持できます。
データ保護とバックアップ戦略
暗号化の実装
介護業界では訪問サービス、事業所間や医療機関とのデータのやり取りなどでUSBメモリによるデータ持ち出しが避けられない場面があります。そのため、BitLockerなどの暗号化技術を活用したセキュリティ対策が重要です。
BitLockerはMicrosoft製の暗号化機能で、USBメモリ内のデータを暗号化し、パスワード入力なしではアクセスできないよう保護します。これにより、万が一USBメモリを紛失・盗難された場合でも、第三者が個人情報を閲覧することを防げます。
効果的なバックアップ体制
「3-2-1ルール」に基づいたバックアップ戦略を採用します。これは、重要なデータを3つのコピーで保管し、そのうち2つを異なる記録媒体に、1つを遠隔地に保存するという原則です。クラウドサービスを活用することで、コストを抑えながら堅牢なバックアップ体制を構築できます。
データの適切な廃棄
不要になった情報は確実に廃棄します。紙媒体はシュレッダーで細断し、電子媒体は専用のデータ消去ソフトを使用して復元不可能な状態にします。外部業者に廃棄を委託する場合は、適切な処理を行う信頼できる業者を選定し、廃棄証明書の発行を求めます。
セキュリティ機器運用のアウトソースという解決策
アウトソースのメリット
IT人材の確保が困難な介護事業所にとって、セキュリティ機器の運用をアウトソースすることは非常に有効な解決策です。専門業者に委託することで、24時間365日の監視体制、最新の脅威情報に基づいた対策、専門知識を活用した迅速な対応が可能になります。
社内でIT専門人材を雇用する場合と比較して、コストを大幅に削減できる点も大きなメリットです。人件費、教育費、機器更新費用などを含めた総コストで考えると、アウトソースの方が経済的な場合が多いです。
アウトソース業者の選定ポイント
介護事業への理解があり、個人情報保護に関する法的要求事項を熟知している業者を選定することが重要です。また、緊急時の対応体制が整備されており、迅速な復旧支援を受けられる業者を選ぶ必要があります。
ALSOKはグループ内に介護事業会社を有し、介護業界の課題とニーズを深く理解しています。また、ALSOKのUTMサービスは24時間365日の問合せ対応を実現しており、機器管理のアウトソーシングに最適なソリューションを提供いたします。介護事業者様の業務効率化と安心・安全なネットワーク環境の構築をトータルでサポートします。
職員教育と意識向上
定期的な研修の実施
情報セキュリティに関する知識と意識を向上させるため、全職員を対象とした研修を年に複数回実施します。座学だけでなく、実際の事例を基にした演習形式の研修を取り入れることで、より実践的な知識の習得を促進します。
インシデント対応訓練
情報漏洩やシステム障害が発生した場合の対応手順を策定し、定期的に訓練を実施します。迅速で適切な初動対応により、被害の拡大を防ぎ、早期の業務復旧を実現できます。連絡体制の確認や役割分担の明確化も重要な要素です。
セキュリティ意識の浸透
日常業務の中でセキュリティ意識を維持できるよう、組織全体での意識浸透に取り組みます。優良事例の共有や改善提案制度の導入により、職員の主体的な参加を促進します。経営層がセキュリティの重要性を明確に示すことで、組織全体の意識統一を図ります。
技術的対策の導入
ファイアウォールとウイルス対策
外部からの不正アクセスを防ぐファイアウォールと、マルウェアの検知・駆除を行うウイルス対策ソフトの導入は必須です。これらのセキュリティツールは常に最新の状態に保ち、定期的なスキャンを実行します。クラウド型のセキュリティサービスを利用することで、管理負担を軽減できます。
メールセキュリティの強化
フィッシングメールや添付ファイルによるマルウェア感染を防ぐため、メールセキュリティの強化は不可欠です。送信者認証技術の導入や、添付ファイルの自動スキャン機能を活用します。職員に対しては、不審なメールの見分け方と対処法について継続的な教育を実施します。
ログ管理と監視
システムへのアクセス履歴やファイル操作ログを適切に記録し、定期的に分析を行います。異常なアクセスパターンや不審な操作を早期に検知することで、被害の拡大を防げます。ログの改ざんを防ぐため、外部の安全な場所への保存も検討します。
予算に応じた段階的な対策
最優先で実施すべき対策
限られた予算の中でも、最低限実施すべき対策があります。強固なパスワードの設定、ソフトウェアの更新、職員への基本的な教育は、コストをかけずに実施できる効果的な対策です。これらの基本対策を確実に実施することから始めます。
中期的な投資計画
セキュリティソフトの導入や職員研修の充実、バックアップシステムの構築など、ある程度の投資が必要な対策については、中期的な計画を立てて段階的に実施します。投資効果を見極めながら、最も効果的な対策から優先的に取り組みます。
長期的な戦略
高度なセキュリティツールの導入や運用のアウトソースなど、大きな投資を要する対策については、長期的な視点で検討します。特にアウトソースについては、初期投資を抑えながら専門的なセキュリティサービスを受けられるため、費用対効果の高い選択肢として積極的な検討をおすすめします。
継続的な改善とモニタリング
情報セキュリティ対策は一度実施すれば終わりではなく、継続的な改善が必要です。新たな脅威の出現やシステムの変更に応じて、定期的に対策の見直しを行います。また、実施した対策の効果を測定し、必要に応じて改善を加えます。
外部の専門機関による診断やアドバイスを定期的に受けることで、客観的な評価に基づいた改善を図ることができます。アウトソース業者を活用している場合は、定期的なレポートを通じてセキュリティ状況を把握し、必要な改善策について相談することが重要です。
まとめ
介護事業における情報セキュリティ対策は、利用者の大切な個人情報を守り、事業の継続性を確保するために不可欠な取り組みです。ICTやDXの推進により新たなIT運用負担が生じ、人員基準による制約でIT専門人材の確保が困難な中でも、効果的な対策を実施する方法があります。
特に、セキュリティ機器の運用をアウトソースすることで、限られた予算と人員の中でも高水準のセキュリティ対策を実現できます。基本的な対策から段階的に強化し、必要に応じて外部の専門サービスを活用することで、着実にセキュリティレベルを向上させることができます。
重要なのは、経営層から現場職員まで、組織全体でセキュリティの重要性を共有し、継続的な改善に取り組むことです。アウトソースなどの外部リソースも積極的に活用しながら、各事業所に最適なセキュリティ対策を構築していくことが求められています。




